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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)3282号 判決 1956年9月20日

原告

難波ユキ江

被告

飯森春吉 外一名

主文

被告津田福一は、原告に対し三万二六〇〇円を支払え。

原告の被告津田福一に対するその余の請求並びに被告飯森春吉に対する請求は棄却する。

訴訟費用は三分し、その一を被告津田福一の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告において五〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

成立に争いのない甲第一七号証、原告本人訊問の結果並びに弁論の全趣旨により真正の成立を認める甲第一号証を綜合すると、原告は、昭和二六年三月頃から藤沢市片瀬二九三一番地に本店を置く有限会社江の島弁天屋旅館に女中として雇われていた者、被告福一は右会社の代表取締役被告春吉を補佐し事実上会社経営の衝にあたつていた者であるところ、昭和二八年一〇月二〇日前示旅館の調理場において被告福一は、原告が保管しておるべき右調理場の鍵が見えないとして同人を叱責し、かつ平手で原告の顔面を殴打しさらに同人を床の上に突倒したことを認定するに足り、右の認定を左右すべき証拠はない。

(二) 原告は、被告福一の前示暴行により右拇指及び右第三肋骨にその主張のような傷害を被つたと主張するので按ずるのに、

前掲甲第一七号証、第一号証並びに原告本人訊問の結果によれば原告は前認定の被告福一の暴行により右拇指長伸筋腱皮下断裂の傷害を被つたことを認定することができるが、原告がその右第三肋骨に前示暴行により原告主張のごとき傷害を被つたことを確認するに足る証拠はない。

(三) よつて、次に前認定の負傷による損害について判断する。

(1)  前掲甲第一号証、原告本人の供述により真正の成立を認める甲第九号証、第一〇号証の三に原告本人訊問の結果を参酌すると、原告は前認定の負傷の日の約一カ月後藤沢市片瀬町二六一一番地山本外科病院において診察及び治療を受け、その費用としてその頃一〇〇〇円を、昭和二九年五月二八日一六〇〇円をそれぞれ右病院に支払つた事実を認むることができ、右認定を妨げる証拠はない。然し原告が前示負傷の治療のためその主張の額の費用を支出したことは原告の提出、援用にかかる全証拠によるもこれを確認することができない。

(2)  原告は、前認定の負傷のため、将来座食の止むない状態となり、ために得べかりし利益二一六万円を失つたと主張するが、原告の提出、援用にかかる全証拠によるも、被告福一の暴行によつて原告がその右拇指の自働的伸展に支障を来たし、ために労働力がいささか減殺されたことを認め得るのにすぎず、労働力を完全に奪われたことは、到底これを確認することができない。そして原告提出援用にかかる証拠によつては、右の身体障碍による労働力の減少のため、原告がはたしていくばくの得べかりし利益を喪失したかは、これを確認するに由なく、結局原告の右の請求はこれを認容すべくもない。

(3)  次に、慰藉料の額について判断する。前掲甲第一号証に原告本人訊問の結果を綜合すると、被告福一が原告に対し前認定の傷害を被らしめた際及びその後における同被告の原告に対する態度は、甚だ冷酷無情であつたことが認められ、前認定の負傷に伴う苦痛のほか、被告福一の態度に対する原告の憤懣、無念の情は、十分窺い知ることができるから、被告福一は原告に対し三万円の慰謝料を支払うことが相当であると考える。

(四) 原告は、被告春吉は被告福一の使用者としてその不法行為による損害を原告に対して賠償すべき責任があると主張するが、前掲甲第一七号証に原告本人訊問の結果を参酌すると、被告福一は、訴外有限会社江の島弁天屋旅館の被用者であり、被告春吉は右訴外会社の代表取締役たる地位にあるのにすぎず、同被告個人として被告福一を使用するものではないことを認定することができ、右の認定を左右するに足る証拠はない。してみれば、原告が被告福一の前認定の不法行為につき被告春吉に対して損害の賠償を求めることは失当として排斥するのほかない。

(五) よつて、原告の本訴請求は、被告福一に対して前記(三)の(1)、(3)に認定の金員合計三万二六〇〇円の支払を請求する限度において正当として認容し、その他は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 磯崎良誉)

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